弟子屈町広報誌「広報てしかが」平成6年6月号〜平成8年3月号に掲載

阿寒国立公園小史(12)

てしかが郷土研究会 会員 小林俊夫

館脇博士のマリモ調査報告

阿寒国立公園史の中でも昭和十三年の屈斜路湖地震 (十二月号で掲載)と昭和二十五年に発生したマリモの死滅による危機は特記すべき事件と言えます。

マリモは北海道大学教授宮部金吾教授によって命名され、大正十年天然記念物として指定されたことにより、一躍「阿寒湖のマリモ」として脚光を浴びることとなりました。

マリモの育成地は、阿寒湖のチュウルイ、キネタンペ、シリコマベツの三地域に集中していました。全滅の危機に襲われた事件は大正時代にもあったようですが、壊滅状態になっていることがわかったのは、昭和二十三年に北海道大学館脇操教授の手によるマリモ調査を行ったことが契機となったようです。

昭和二十三年九月十九日付北海道新聞に館脇教授の調査報告が掲載されています。

『この夏阿寒湖にマリモを調査に出かけた所あまりの荒廃振りに一驚した。このマリモというものは決して阿寒湖ばかりでなく、世界の所々に産しているが、その産地が面白いことに全く飛地的で、限られた場所のみである。そして日本では阿寒湖のみで、阿寒湖でも唯三ヵ所に限られている。これはマリモ生棲の条件は清冷な川の流出地付近という条件があるので、阿寒湖では所生地が北岸だけに限られ、しかも北岸でも尻駒別、チュウルイ、キネタンペに限られているそのうち尻駒別河口付近のものは、すでに富士製紙時代の流送のためほとんど壊滅に帰し、現在ではその名残を○○としてとどめているに過ぎず、キネタンペのものもすでに壊滅一歩というところである。即ち健全体のものは極めて少なく、ビロウド状の美玉・形態を備えたものは極めて稀になってしまった。私達調査の際にも鯉採りと称する舟が三股の鋼鉄を先につけたヤスのようなものをマリモの生地に遠慮会釈なくつきさして歩いていた。取締りの権限を持たない私は「随分乱暴ですネ」と言葉をかけるよりほか仕方がなかった。そして私は無遠慮に軟かな肉体に焼火箸がところかまわずつきさされていくような悪感に打たれて暗然とした。今残るはチュウルイーヵ所である。かっては約一町にわたり厚さ三十五の○○たる層をなしていたと報告された所であるが、今はそのような美層をなした所はない。その日も遊覧船はその生地に船をとどめ、棹をさして歩いていた。棹をさすのはなんでもないようであるが、今や極限されたマリモの生地はそのためにもいたみ、水底かく乱による混濁が清麗な環境を混濁し、一回の分量はわずかでも、度重なればマリモへの影響は大きくなるだろう。しかしこれなどは被害の小さい方で、大戦前後地曳網様のもので大がかりな盗採をやった話も聞いているが、かなりな盗採から小さな密採の事実はおうべきもない。「栄枯盛衰」の過程をくりかえす生物界の事であるから、部分的には老衰期に入った所もあろう。しかし現在の状況から判定して大部分は人為的破壊によったものが多いと考える。』

とあり、早急に保護すべきであると警告を発したことから問題は始まりました。

阿寒湖の水位低下策

さらに同年には、国策として電力強化が進められ、その一環として冬渇水期の発電力用水確保のため、阿寒湖の水位を二尺低下させる申請が道配電より出されていました。水位低下策はマリモやワカサギに大きな影響を与える恐れがあるとして地元の反対がりましたが、昭和二十三年二月十五日付で道教育委員会から「電力強化のためなら日本で唯一の天然記念物マリモが少々荒れてもしかたがない」と言うことで水位の低下策の許可が出され、その結果、マリモは壊滅的な打撃を受けることとなりました。

マリモ壊滅の危機

北海道新聞昭和二十五年四月二十七日付(前ページ写真)大きな見出しで報道されました。

『日本で唯一のマリモ生地として知られている阿寒湖畔のマリモが道配電会社の電力増強による湖面低下の結果岸辺に露出し全滅の危機にさらされている、このため管理を委嘱されている阿寒村では国宝的な天然記念物が姿を消すことになることを心配、二十三日道教育委員会、道配電会社からなる調査団の派遣を要請、三日間にわたって現地調査を行ったが、現況は半ば枯死したマリモが天日の直射を受けて干せあがり、尿糞のようにフカフカした敷物状態が続いて調査団を驚かせた、同湖のマリモ所在地は忠類沢とキネタンペ沢の二ヵ所に分れているが、忠類沢のものは長さ二百五十m、幅五十mほどの面で露出、キネタンペ沢は長さ二百七十五m、幅二十mの広さでその層も一尺となっており、現地住民の語るところによれば、キネタンペは全滅しており、忠類沢は現在の露出面とほぼ半ばするマリモがまだ沖合にあるので、ここだけは、現在以上の湖面低下がなければどうにか存続できるのではないか、と語っている、なお湖面低下が始まったのは昨年の二月からで今年もほぼ昨年と同じように水位が下げられ四月十三日の二尺二寸が水位低下の最高となっているが、特に今年がこのような惨状を呈したのは同湖の融雪が早くなったためで、湖面からマリモが露出してもせめてその上が雪におおわれていればこれほど死滅の危険にはさらされなかったとみられる』

と生々しい惨状を詳しく報じています。

そんな中、道教委本部が現地の実情を無視して湖面低下に承諾を与え、しかもその責任を阿寒村にあると現地で語った長瀬文化係長(調査団として現地視察を行った)の言葉の取消要請と保護施設費を道費から臨時支出させるための交渉や特に調査団が問題にしたのは、「湖面低下がマリモに与える影響はキネタンペに若干の被害があると見られるだけで忠類は影響ない、むしろ地元民が漁業に名を借りた盗採する方が大きい」とした館脇博士の報告が道教委の湖面低下承認の最後の決断を与えたものとみられ(新聞報道による)、怒りは博士に向けられました。

これに対し館脇博士は、この被害の原因を「外からくるマリモへの生理的被害、湖面低下、早い融雪の三つの悪条件が重なって発生した」と分析し、さらに保護対策として「マリモを守るための組織強化や自然的条件を整えること」などを提言しています。

マリモのヤミ売り

天然記念物の指定を受けて以来、貴重な学術研究資料として、また鑑賞品として珍重されていたマリモは、道内各地でヤミ売りが出現し、地元釧路市では店頭で堂々と一個三十円から二百円で販売されていたようで、毎月七十個から八十個が土産品として姿を消していったようです。

この事態を重視した阿寒観光協会では、国警と連絡を取り、史跡名所天然記念物保存法にもとづき盗獲の摘発やヤミ売りの取締りを強化する対策を進めました。

このようにマリモの受難時代はしばらく続くことになりますが、この事件の発生によりマリモの保護対策の強化が積極的に進められ、「阿寒国立公園」のイメージアップに懸命な努力がなされました。

摩周湖水を天然記念物に

マリモ壊滅事件の経験からか、国立公園阿寒観光協会では昭和二十五年度定期総会において世界一の透明度を誇る摩周湖が道水産課のニジマス養殖事業のためプランクトンが浮遊し、透明度に影響を与えるとして、カムイトーの保護を目的にその養殖事業の中止と湖水を天然記念物として指定、摩周湖そのものを保護する運動方針を決め、道に陳情することが採択されました。